痛いニュースで知りました。これは本当の意味で痛すぎです。
国が死刑という形で犯す殺人には、熟慮が必要だと思うのである。最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので、傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている)。一審、二審の判断は、相場から言えば妥当なところではなかったろうか。
光市母子殺害事件:元少年に死刑は重すぎるより引用
こういう大馬鹿者が有名大学の準教授というからあきれる。ピントがずれているというのはこんなのを指して言うんでしょう。
どうして同じ「人間」が亡くなっているのに永山事件は4人で光市母子殺害事件は1.5人なのか。「まったくの個人的意見」の後ろに続いている文章の内容はあくまで傷害致死の可能性について語っていることから、この準教授が赤ん坊の何をもって0.5とカウントしているかはまったくの謎だし理解不能。
ちょっとしたことですぐ死んでしまう人間は、1人とカウントしないというのが青山学院大学準教授の考え方か。どうやらこの経済学の準教授は「人権」という言葉の意味を知らないらしい。また、事件の凶悪性や社会背景といった要素を無視し、死者数のみで「相場から言えば妥当」などと発言していることも含めて、どう解釈しても不適切にもほどがあります。
僕はここでこの事件についてとやかくコメントする気はありません。軽々しく「この判決は...」などと発言できないほど、この件については考えなければならないことが多すぎると思っていますから。なので、
20日の本村洋氏の意見陳述も、「死ね」という以外のメッセージは何もなく、同情はするが共感はしない。(引用)などという軽々しい発言は差し控えたいと思うんです。「死ね以外のメッセージは何もない」はたしてそうでしょうか。僕はこんな発言をするような心の貧しい人間にだけは絶対になりたくありません。

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